ナラティブ(物語)セラピー

ナラティブ(物語)の7つの会話術とは?心理カウンセリングの新しいアプローチ

心理カウンセリングや心理系資格に興味をお持ちの方へ向けて、今回は「ナラティブ(物語)の会話術」について詳しく解説します。

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ナラティブ(物語)の7つの会話術とは?心理カウンセリングの新しいアプローチ

こんにちは。心理カウンセリングや心理系資格に興味をお持ちの方へ向けて、今回は「ナラティブ(物語)の7つの会話術」について詳しく解説します。

ナラティブセラピーとは何か?

ナラティブセラピーは、1980年代にオーストラリアのマイケル・ホワイトとニュージーランドのデビッド・エプストンによって開発された心理療法です。

この手法は「人々の問題と人そのものを切り離す」という考え方を基本としています。

私たちは誰もが自分の人生を「物語」として解釈しています。しかし、時にその物語は私たちを苦しめるものになることがあります。

ナラティブセラピーでは、クライアントが自分自身の物語を再構築し、新しい視点や可能性を見出すサポートをします。

ナラティブセラピーは従来の心理療法と異なり、問題を個人の中に存在するものとは考えません。むしろ、問題は社会的・文化的な文脈の中で構築されるものと捉え、「問題は問題であり、人がその問題なのではない」という視点を提供します。

ナラティブセラピーの哲学的背景

ナラティブセラピーは社会構成主義と後期構造主義の哲学的立場から影響を受けています。

これらの考え方によれば、私たちの経験の「現実」は、社会的な相互作用を通じて言語によって構築されます。

つまり、私たちが何を「真実」とし、何を「現実」と見なすかは、私たちが属する文化や社会の中で共有されている支配的な言説(ディスコース)に大きく影響されているのです。

ナラティブセラピーでは、この視点を活かして、クライアントが自分の経験を物語として語り直す過程を通じて、新たな意味や可能性を見出していきます。

ナラティブセラピーの基本原則とは?

1. 問題の外在化

ナラティブセラピーの最も特徴的な技法が「問題の外在化」です。これは「あなたが問題なのではなく、問題があなたの人生に影響を与えている」という視点の転換を促します。

例えば、「私はうつ病だ」ではなく「うつが私の生活に影響を与えている」と表現することで、クライアントは問題から距離を取り、問題と向き合うための新たな立場を獲得できます。

この外在化のプロセスを通じて、クライアントは問題に名前をつけ、その影響を具体的に理解し、問題との関係を再評価する機会を得ます。

2. 支配的な物語への挑戦

私たちの多くは、自分自身や問題について「支配的な物語」を持っています。これは社会的に構築された「正しい」あり方や「あるべき姿」に基づいていることが多いのです。

ナラティブセラピーでは、これらの支配的な物語を特定し、その影響を探ります。そして、これらの物語が本当にクライアント自身の価値観や希望を反映しているのかを問い直します。

3. 独自の結果の発見

クライアントの語る物語の中で、支配的な物語に合致しない例外的な出来事や瞬間(独自の結果)を見つけ出します。これらの例外は、新しい物語を構築するための重要な糸口となります。

例えば、「いつも不安に支配されている」と感じているクライアントが、実は不安を感じることなく乗り越えた場面があるかもしれません。このような例外に注目することで、新たな可能性が見えてきます。

4. 代替物語の構築

独自の結果を基に、クライアントは自分自身について新しい物語(代替物語)を構築していきます。この新しい物語は、クライアントの強み、価値観、希望、意図などを中心に据えたものです。

代替物語は単なる「ポジティブシンキング」ではなく、クライアント自身の経験に基づいた真実性を持つ物語です。それは過去の出来事に新たな意味を与え、未来への異なる可能性を開くものとなります。

5. 再著述

再著述は、クライアントが自分の人生を新しい視点から語り直すプロセスです。この過程で、過去の出来事は新たな文脈で解釈され、クライアントの人生全体の物語が豊かになっていきます。

ナラティブセラピーの実例:美咲さんのケース

実際のナラティブセラピーがどのように進むのか、具体例を見てみましょう。

クライアント美咲さんの背景

私のクライアントであるフライトアテンダントとして夢を叶えた美咲さん(仮名)は、厳しい訓練や完璧を求められる業務のプレッシャーから適応障害を発症し、2ヶ月の休職を余儀なくされました。

支配的な物語の特定

当初、彼女は「私はダメな人間だ」「この休職は私の挫折だ」という物語を自分に語っていました。セラピーの初期段階では、これらの物語がどのように形成されたのか、そしてそれが彼女の人生にどのような影響を与えているのかを探りました。

問題の外在化

私は美咲さんと一緒に、彼女が抱える「完璧主義」という問題を外在化しました。

「完璧主義があなたにどのような影響を与えていますか?」
「完璧主義はいつあなたの生活に入ってきましたか?」

などの質問を通じて、美咲さんは問題を自分自身から切り離して考えることができるようになりました。

独自の結果の発見

対話を進める中で、美咲さんはフライトアテンダントの訓練中、緊張する場面でも冷静に対応できた経験や、同僚との協力を通じて困難を乗り越えた経験など、「完璧主義」の影響を受けなかった例外的な瞬間を思い出しました。

代替物語の構築

これらの例外的な瞬間を基に、美咲さんは新しい物語を構築していきました:

  • 「完璧にしなければならない」という支配的な物語 → **「一歩ずつ成長する物語」**へ
  • 「周囲に迷惑をかけている」という罪悪感の物語 → **「自分の健康を大切にすることで、より良いサービスができる」**物語へ

再著述と変化

セラピーが進むにつれて、美咲さんは自分の休職期間を「挫折」ではなく「自己理解と成長のための貴重な時間」と捉え直すようになりました。

彼女は徐々に回復し、「不安と向き合いながらでも進める」という新しい視点を手に入れました。

復職後も、彼女はプレッシャーを感じることがありましたが、以前のように圧倒されることはなくなりました。彼女は自分の限界を認め、必要なときには助けを求めることの大切さを理解するようになったのです。

ナラティブセラピーの会話術:7つの重要なテクニック

ナラティブセラピーを実践するうえで役立つ具体的な会話術をご紹介します。

1. 問題の外在化質問

問題をクライアント自身から切り離し、問題に名前をつけて対象化する質問です。

:

  • 「不安があなたの生活にどのような影響を与えていますか?」
  • 「不安はいつあなたを訪れますか?」
  • 「完璧主義はどのようにしてあなたの考え方に影響していますか?」
  • 「この問題に名前をつけるとしたら、何と呼びますか?」

2. 独自の結果を引き出す質問

支配的な物語に反する例外的な出来事や経験を見つけ出す質問です。

:

  • 「不安が強い時でも、あなたが自分の力でうまく対処できた瞬間はありますか?」
  • 「完璧主義の声が小さくなっていると感じる時はどんな時ですか?」
  • 「あなたが問題の影響を受けなかった例外的な出来事を教えてください。」
  • 「その時、あなたはどのようにしてその問題に立ち向かうことができましたか?」

3. 再著述のための質問

クライアントの経験を新しい視点から解釈し直すための質問です。

:

  • 「休職が挫折ではなく、より良いキャリアのための充電期間だとしたら、どんな可能性が見えてきますか?」
  • 「この経験があなたにとってどのような成長の機会となっていますか?」
  • 「この出来事を5年後の自分から見返したとき、どのような意味を持つと思いますか?」
  • 「この経験が将来、誰かの役に立つとしたら、それはどのような形でしょうか?」

4. 意図的な質問

クライアントの行動や選択の背後にある価値観や希望を探る質問です。

:

  • 「この状況で休職を選んだことは、あなたにとってどんな価値を大切にしている行動でしたか?」
  • 「なぜあなたはこの選択をしたのですか?それはあなたにとって何を意味していますか?」
  • 「この行動を支えている、あなたの大切にしている価値観は何ですか?」
  • 「あなたがこの困難に立ち向かう理由は何ですか?」

5. アイデンティティを促進する質問

新しい物語に基づいたアイデンティティの形成を促す質問です。

:

  • 「不安と向き合いながらも前に進むことができるようになった今のあなたは、どんな人物だと思いますか?」
  • 「この経験を通じて、あなた自身についてどのような新しい理解が生まれましたか?」
  • 「この困難を乗り越えたことで、あなたはどのように変化したと思いますか?」
  • 「あなたの強みは何だと思いますか?その強みはこれからどのように役立つでしょうか?」

6. 関係性の質問

問題がクライアントの人間関係にどのような影響を与えているかを探る質問です。

:

  • 「完璧主義があなたと同僚との関係にどのような影響を与えていますか?」
  • 「あなたが変化したことで、周囲の人との関係にどのような変化がありましたか?」
  • 「あなたの成長を最も喜んでくれる人は誰ですか?その人はあなたのどのような変化に気づくでしょうか?」
  • 「この新しい視点が、あなたの大切な人との関係にどのような影響を与えると思いますか?」

7. 未来志向の質問

クライアントが望む未来や可能性を探る質問です。

:

  • 「この新しい理解を持って、これからどのような未来を築いていきたいですか?」
  • 「もし問題の影響が今よりさらに小さくなったとしたら、あなたの生活はどのように変わるでしょうか?」
  • 「この経験をどのように活かしていきたいですか?」
  • 「半年後のあなたに伝えたいことは何ですか?」

ナラティブセラピーのセッション構造

ナラティブセラピーのセッションは一般的に以下のような流れで進みます:

1. ラポール形成と物語の傾聴

まず、クライアントとの信頼関係を築き、クライアントが現在抱えている問題や悩みについての物語を丁寧に聴きます。この時、セラピストは「知らない立場」(Not-knowing Position)を取り、クライアントを自分の経験の専門家として尊重します。

2. 問題の外在化

クライアントの語る物語から、問題を特定し外在化します。問題に名前をつけ、その影響や由来について探ります。この過程で、問題がクライアントのアイデンティティから切り離されていきます。

3. 独自の結果の探索

問題の影響を受けなかった例外的な瞬間や、クライアントの強みや資源を探索します。これらの例外は、新しい物語を構築するための重要な材料となります。

4. 代替物語の構築

独自の結果を基に、クライアントの希望や価値観、意図を中心とした新しい物語を共同で構築していきます。この新しい物語は、クライアントに新たな可能性と選択肢を提供します。

5. 再著述と強化

新しい物語をさらに豊かにし、強化するために、「外部の証人」(家族や友人など)の視点を取り入れたり、手紙や証明書の作成などの技法を用いることもあります。

6. 終結と継続的な成長

セラピーの終結に向けて、クライアントの変化や成長を振り返り、今後の課題や可能性について話し合います。セラピー終了後も、クライアントが自分の物語を継続的に発展させていけるよう支援します。

ナラティブセラピーを学ぶメリット

ナラティブセラピーの技術を身につけることで、以下のようなメリットがあります:

1. クライアントの尊厳と自律性を守る

ナラティブセラピーでは、クライアントを「自分の人生の専門家」として尊重します。セラピストは指示的ではなく、クライアント自身が新しい物語を見つけ出す過程を支援する立場をとります。

これにより、クライアントは自分の問題に対する主体性と責任感を持ち、自らの力で変化を生み出す経験をすることができます。

2. 柔軟な思考力の向上

ナラティブアプローチを学ぶことで、物事を多角的に見る力が養われます。一つの出来事や問題に対して、様々な解釈や意味付けが可能であることを理解し、固定観念にとらわれない柔軟な視点を獲得できます。

この柔軟性は、カウンセリングの場面だけでなく、日常生活やキャリアにおいても大きな強みとなります。

3. 力づける対話の実現

ナラティブセラピーは「力づけ(エンパワメント)」を重視します。クライアントの強み、資源、可能性に焦点を当て、クライアント自身が自分の力で問題を乗り越えられるよう支援します。

この姿勢は、クライアントに希望と勇気を与え、真の変化をもたらす対話を可能にします。

4. 社会文化的視点の獲得

ナラティブセラピーでは、問題を個人の内面だけでなく、社会的・文化的な文脈の中で理解します。支配的な言説(ディスコース)や社会構造が個人の物語にどのように影響を与えているかを分析することで、より広い視野を持つことができます。

この視点は、社会正義やダイバーシティに配慮したカウンセリングを行う上で非常に重要です。

5. 自分自身の成長

ナラティブアプローチを学ぶ過程で、セラピスト自身も自分の物語を見つめ直し、再構築する機会を得ます。自分の価値観や思い込みに気づき、より自分らしい人生を生きるためのヒントを得ることができるでしょう。

ナラティブセラピーの実践例:様々な問題への適用

ナラティブセラピーは様々な問題や悩みに対して効果的です。いくつかの適用例を見てみましょう:

うつや不安障害

うつや不安を「あなた自身」から切り離し、「うつの影響」「不安の策略」として外在化することで、クライアントは問題との新しい関係を築くことができます。

例えば、「うつがあなたの生活のどの部分を占領しているか」「うつがあなたに何を信じ込ませようとしているか」などの質問を通じて、うつを対象化し、その影響力を弱めていきます。

トラウマからの回復

ナラティブセラピーでは、トラウマを「あなたの全体像」としてではなく、「あなたの人生の一部」として位置づけます。トラウマ体験をより大きな人生の物語の中に組み込み、新たな意味を見出すことを支援します。

「トラウマにもかかわらず、あなたはどのように生き延びてきましたか?」「その経験からあなたが学んだ強さや知恵は何ですか?」などの質問を通じて、トラウマからの回復を促します。

家族間の葛藤

家族療法においても、ナラティブアプローチは効果的です。家族それぞれが持つ「家族の物語」を探り、相互理解を深めながら、より健全で協力的な家族関係を構築するための新しい物語を創造します。

依存症の克服

依存症を「あなた自身」から切り離し、「依存症があなたに何を約束していたか」「依存症があなたから何を奪っているか」などの質問を通じて、依存症との関係を見直し、新たな選択を可能にします。

キャリアや人生の転機

転職や転居、結婚や出産など、人生の大きな転機においても、ナラティブセラピーは有効です。これらの変化を人生の物語の中にどのように位置づけるか、そこにどのような意味を見出すかを探ります。

ナラティブセラピーを学ぶには

ナラティブセラピーを学ぶ方法はいくつかあります:

1. 専門書を読む

ナラティブセラピーの基本を学ぶためには、創始者であるマイケル・ホワイトやデビッド・エプストンの著書が役立ちます。日本語では、小森康永氏、野村直樹氏などの著作が参考になります。

おすすめの書籍:

  • 『ナラティヴ・セラピー入門』(マイケル・ホワイト、デビッド・エプストン著)
  • 『ナラティヴ・プラクティス』(マイケル・ホワイト著)
  • 『物語としての家族』(小森康永著)
  • 『ナラティヴと医療』(野村直樹著)

2. ワークショップに参加する

実践的なスキルを学ぶためには、ワークショップへの参加が効果的です。日本各地で、ナラティブセラピーのワークショップが定期的に開催されています。

3. 認定資格を取得する

日本ナラティブセラピー研究会(JANT)や日本家族療法学会などが提供する研修プログラムや認定制度を活用することができます。

4. スーパービジョンを受ける

経験豊富なナラティブセラピストの指導の下で、実際のケースについてスーパービジョンを受けることで、理論だけでなく実践的なスキルを身につけることができます。

5. オンラインリソースを活用する

近年では、オンライン上でもナラティブセラピーに関する豊富な学習リソースが提供されています。ウェビナーやオンライン講座、ディスカッショングループなどを活用することで、場所を問わず学びを深めることができます。

ナラティブセラピーの事例研究:さまざまな分野での応用

ナラティブセラピーは心理カウンセリングだけでなく、教育、医療、ソーシャルワーク、組織開発など、さまざまな分野で応用されています。いくつかの事例を見てみましょう:

教育現場でのナラティブアプローチ

学校でのいじめ問題に対して、「いじめられっ子」「いじめっ子」というレッテルを貼るのではなく、問題を外在化し、すべての子どもたちが「いじめ」という問題と向き合うことを促す実践が行われています。

また、「問題児」とされる生徒の「問題行動」を外在化し、その背後にある希望や意図を探ることで、生徒の自己肯定感を高め、建設的な変化を促す取り組みも報告されています。

医療現場でのナラティブメディスン

慢性疾患や難病を抱える患者さんが、自分の病いの経験をどのように意味づけ、語るかに注目するナラティブメディスンの実践が広がっています。

患者さんが自分の病いの物語を語り、医療者がそれに耳を傾けることで、治療への主体的な参加や生活の質の向上につながった事例が多数報告されています。

組織開発におけるナラティブアプローチ

企業や組織においても、「組織の物語」を再構築することで、組織文化の変革や問題解決を図る取り組みが行われています。

例えば、「失敗は許されない」という支配的な物語が強いプレッシャーと恐怖を生み出している組織で、「失敗から学ぶ」という新しい物語を構築することで、イノベーションと成長を促した事例などがあります。

まとめ:人生の物語を書き換える力

人生には思いがけない出来事や困難がつきものです。しかし、ナラティブセラピーの視点に立てば、それらはすべて「あなたの物語」の一部であり、新しい意味を見出したり書き換えたりすることができます。

美咲さんのケースのように、物語セラピーを通じて、過去の出来事を新しい視点で捉え、自分自身の人生に希望を見出すことができるのです。

心理カウンセリングの世界で、クライアントの可能性を広げるナラティブアプローチを学び、実践してみませんか?それは、クライアントだけでなく、あなた自身の人生も豊かに変化させる旅の始まりとなるでしょう。

あなたにもできる!ナラティブセラピーの第一歩

まずは自分自身の「物語」に注目してみましょう。自分が無意識に信じている「支配的な物語」は何でしょうか?それは本当にあなたのすべてを表していますか?

以下の問いかけを自分自身に投げかけてみましょう:

  1. あなたの人生における「支配的な物語」は何ですか?それはあなたの行動や選択にどのような影響を与えていますか?
  2. その物語に反する例外的な出来事や経験はありますか?
  3. もし新しい物語を書くとしたら、どのような物語にしたいですか?
  4. その新しい物語はあなたの人生にどのような可能性をもたらすでしょうか?

ナラティブセラピーの視点を身につけることで、クライアントだけでなく、あなた自身の人生も豊かに変化していくことでしょう。


この記事が、心理カウンセリングやナラティブセラピーへの理解を深めるきっかけになれば幸いです。資格取得を目指す方の一助となれば嬉しいです。

ナラティブセラピーの世界は奥深く、実践を通じて常に新しい発見があります。これからもナラティブの視点を大切に、自分自身もクライアントも、より豊かな物語を紡いでいきましょう。